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2015年4月5日日曜日

モリエール『強制結婚』1664年



モリエール『強制結婚』1664年 Le Mariage forcé
コメディー・フランセーズ 1999年


 演出が非常に大げさです。これは最初違和感がありました。でもどうやらこれは夢の中の世界のようだということに思い至りました。だからこんなに大げさなのでしょう。この作品の前の作品(前年の作品)である『ヴェルサイユ即興劇』を見たときには、段々夢の光景のように思われてきたのですが、そのことがあって、この『強制結婚』も夢の中のようであるという着想が浮かんできたのでした。そういえば『ヴェルサイユ即興劇』も悪夢(不安夢)でしたが、こちらも悪夢です。

 主人公の名はスガナレル。スガナレルといえば、モリエールの諸作品のなかで、これまで何度か同じ名前の登場人物が出てきていました。なぜスガナレルという名がよく登場するのでしょうか。

 主人公スガナレルは52歳か53
歳であり、今晩には、ドリメーヌという名の若い娘と結婚式を挙げることになっています。スガナレルは、ドリメーヌという若くて美しく優しくそして貞節な女性と結婚して、気持ちが癒やされ、やがて子供を作りたいと考えています。でも本当にこの結婚でいいのか、と一抹の不安を持っています。この結婚が吉と出るのか凶と出るのかを予測して欲しいと、ジェロニモという古い知人を訪ねます。ジェロニモはドリメーヌという名を聞いてすぐにピンときました。彼はドリメーヌの父親の変人ぶり、その兄の血の気の多さ、などからその家のヘンテコぶりを思い出したのです。でも、彼は、皮肉るように、「素晴らしい結婚だbeau marriage!」と繰り返してスガナレルのこの結婚に賛同するのでした。スガナレルは大喜びでしたが、ジェロニモは二人の哲学者にもこの結婚について意見を聴いてみたらいいと彼に助言しました。
 しかしこの後、スガナレルはドリメーヌと出会い、彼女のあまりにあけすけに欲望を語るのを聴かされます。彼女は彼にこう話します。自分の父は厳格で、私を束縛し自由を奪ってきた、私が結婚をするのはこれまでの不自由を取り戻すためであって、私はやりたいことをやる、ありがとう、自由になれるとはなんて幸せなんだろう、お互い自由にして、干渉せず、恨まず、争わす、お互いの立場を尊重しましょう、私が好きなのは遊びなのですから、と。
 彼女は父親の束縛から逃れて自由に好きなようにするための手段として、スガナレルとの結婚を選んだ、ということが判明したのです。スガナレルは、ドリメーヌが恐ろしくまた狂気じみたところがある女であることに気づき、スガナレルは茫然自失の状態となったところで、ドリメーヌは消えます。スガナレルはすっかり結婚についての希望が萎えてしまい、不安に取り憑かれました。
 そこに突然、哲学者が現れます。彼は意味不明な空論を盛んに振り回し、スガナレルが相談しようとしても、手がつけられません。この男の狂気じみた不可思議さにもかかわらずスガナレルは何度となく彼の意見を聞こうとするのですがらちがあかず、遂にスガナレルの内心では限界を超えてしまって追っ払います。
 そこに別の哲学者が現れます。かれもまた気のふれたような、とんでもなくヘンテコな哲学者でした。それでもスガナレルは、この哲学者に相談しようとしたのですが、やはりスガナレルは堪忍袋の緒が切れて、棒で叩いて追っ払います。
 哲学者に相談したかったのは、要するに自分が「寝取られ亭主cocu」になるかならないか、ということでした。
 次に現れるのは、二人のジプシー女です。彼は手相を見てもらいます。このジプシー女も異様な風体でしたが、彼の手相を見て、まさに「寝取られ亭主cocu」になるはずだと予言しました。
 次に当のドリメーヌが現れますが、彼は身を隠して覗き見ます。彼女は臆面も無く恋人といちゃついています。彼女は、結婚の目的は、財産と自由を獲得するためだと話します。スガナレルはそれを聴いて、これはもうこの結婚は凶と出るのは明らかだと思い知ります。彼は、今のうちなら、まだ傷は浅い、結婚を取りやめようと決意しました。結婚する前にドリメーヌの正体がわかって、むしろ幸いだったとさえ思います。

 次にスガナレルはドリメーヌの父親と会います。この父親も相当に風変わりです。スガナレルは、本当の理由は話さずに、この結婚を破談にしたいと申し出ましたが、意外にすんなりと父親は了承します。そして、あとでしかるべき手立てを講じると話します。スガナレルはこれで決着がついた、と喜びます。
 今度は、ドリメーヌの兄が現れます。彼は血の気が多いチンピラのようです。彼もまた狂気の目をしています。彼は険を二つ持参していて、スガナレルに決闘を申し入れます。それを断ると彼はスガナレルを棍棒でしたたか殴りつけ結婚することを要求しました。スガナレルはたまりかねて結婚を了承してしまいます。スガナレルは暴力で脅されて、財産目的の結婚を了承しました。これがつまり強いられた結婚Le Mariage forcéという訳です。
 悪魔の仕業のごとき諧謔、そして主人公スガナレルを食い物にしようと、結局皆グルではないか、という悪夢のような、あるいは狂気じみた世界です。すべては夢のごとく、です。

この作品は、次々にいろいろなカードが繰り出され、スナガレルの前に人物達が登場してきます。これも夢のような特徴のようです。

 

 『スガナレル』⇒『亭主学校』⇒『女房学校』⇒『女房学校批判』⇒『ヴェルサイユ即興劇』⇒『強制結婚』という一連の諸作品には、「寝取られ亭主cocu」の不名誉というテーマが同じように流れています。そして、段々に、その体裁としては崩れてきているとともに、夢の中の世界のようになっています。そのテーマが内容的には、低下傾向にあるのでしょうか、はたまた、深化しているのでしょうか。

 Le Mariage forcéとは通常は、女性が父親などから結婚を強制される、あるいは女性の立場が弱いことから男性に結婚を強制されるというのが一般的でしょうが、ここでは逆に金持ちの男性が結婚を強制されるという、通常の「強制」とは逆さまで、皮肉な事態を構想しているところが面白いです。