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2015年4月9日木曜日

モリエール『タルチュフ:あるいはペテン師』 1664年



モリエール『タルチュフ:あるいはペテン師』(
仏語原題: Le Tartuffe ou l'Imposteur)

1664年ヴェルサイユ宮殿にて初演

1997年公演 コメディー・フランセーズ

 これまでスガナレル⇒亭主学校⇒女房学校⇒女房学校批判⇒ヴェルサイユ即興劇⇒強制結婚という年代順の流れで諸作品を見てきましたが、妻の不貞と寝取られ亭主cocuがテーマでした。これらは一連の作品を形成していると思われます。しかしこの『タルチュフ』はこれまでの路線とは異なるテーマになっています。

 むしろ女性の貞操のテーマは比較的脇に位置づけられ、中心テーマは財産や女を取るペテン師との戦いを巡る物語です。そしてこれは政治的な戦いの歴史とも重ねられて、王の至上権の正当性を描いてもいます。

  タルチュフとは大悪党の詐欺師の名前です。 


 第1幕

 オルゴンという初老の男とその年老いた母親ペルネル夫人はタルチュフという男を家に住まわせています。オルゴンらはタルチュフを崇拝しています。というのも彼らは、タルチュフが非常に信心深く敬虔なキリスト教で、それに感化されたからです。彼らはタルチュフのことをすっかり心酔しています。しかし、オルゴンの妻エルミール、息子ダミス、義兄クレアント、娘マリアンヌ、マリアンヌの婚約者ヴァレール、乳母(小間使い)はタルチュフのことを疑っています。つまり家の中でタルチュフの信奉者はオルゴンとその母親だけです。タルチュフはエセ信者であり、嘘つきで、なにか企みがあるあるはずだということば見え見えです。

 オルゴンはかつてはフロンドの乱の時にルイ14世の側にたって活躍したのですが、いまでは、このような危険な臭いのする事態を自ら招いてしまっています。政権に近いところで、家族や精神といった内部から食い破られる危機でもあります。

 第2幕

 オルゴンはほとんど狂信的で、全てをタルチュフに吸い取られようとしています。彼の心はすっかり吸い取られています。そしてオルゴンは、娘マリアンヌに婚約を破棄させ、娘とタルチュフとを結婚さることを決断します。当時は父親が娘の結婚相手を決めるという不条理がありました。乳母(小間使い)が冗談半分に言うには、父が命じれば娘は猿とでも結婚しなければならないと言います。また乳母はオルゴンに「そんなにタルチュフが好きなら、あんたがタルチュフと結婚したらいい」と悪態をつきます。この乳母は、あけすけに物を言う女ですが、真実を突きます。どうもオルゴンのタルチュフに対する思いには同性愛的な感情も滲んでいるとも思われるのです。

 ただタルチュフはオルゴンの妻エルミールにも気があります。タルチュフの願望は貪欲であり、オルゴンの妻と娘の両方を我が物とすることです。つまり、オルゴンの財産一切と妻と娘を自分のものにして、全てを我が物顔で操り、煙たい人間には消えてもらうのです。エルミールの貞操が試されてもいます。エルミールが落ちれば、オルゴン、オルゴンの母、オルゴンの妻、オルゴンの娘を意図通りに操ることが出来るようになります。空恐ろしい企みです。
タルチュフは、ゲームのように戦略的に事を進めることと、自分の欲情を満たすという両方を推し進めます。タルチュフはエルミールを誘惑します。タルチュフは人を誘惑する術に長けています。エルミールの手を一瞬強く握って、すぐさま引き、その後近づき衣類の端を何度か触ったり、その合間に素肌を少しだけ撫でて刺激しつつ、情熱的な口説き文句を発します。こうして彼はエルミールに少しずつ近づき、そして間近に接近し、密着するのです。彼はあらゆる言葉を尽くし、全力で、それこそ全身全霊でエルミールを口説きます。エルミールは容易にはそれを拒めないでいるのです。エルミールの貞操が試されてもいます。おそらくエルミールはこのときすでに心の何分の1かは落とされていた可能性があります。
 



 ダミス

 しかし予想外のことが生じます。息子のダミスがこの情景をつぶさに見聞きしていたのです。ダミスがこれで決定的な証拠を掴んだと自分が圧倒的優位に立つことができたと義憤と喜びで打ち震えます。ダミスはタルチュフをこの家から叩き出そうとしたのですが、そこのオルゴンが現れます。タルチュフは巧みに自責の念を表明し、オルゴンは猛り狂うダミスが悪いと判断して、ダミスを勘当するとともに、マリアンヌとタルチュフの挙式をその日の夜に執り行うことと、全財産をタルチュフに贈与する書類を作成することとしました。ここでもやはりオルゴンの同性愛的なニュアンスが込められています。
 これを機にタルチュフは一挙に大前進をします。タルチュフは暗い人間で、大嘘つきで、大胆不敵、そして人殺しでもできる人間であろうと思われます。
 そして、このようなことは政治的な駆け引き、権力闘争、国家間の争いとも相通じるところもあります。
第4幕

 オルゴンは、エルミールがタルチュフの悪行を必死で訴えることで、ようやく彼の心に一抹の疑念が生じ、タルチュフを試すことに渋々賛同します。エルミールがタルチュフに罠にかけてタルチュフのはしたない欲望をオルゴンの前でさらけ出させました。オルゴン自分の誤りに気がつき、タルチュフを家から追い出そうとしましたが、タルチュフはこの家は既に俺の物だと主張したのでした。つまり、タルチュフは、反転攻勢によって、家族全員を家から追い出すことにしたのです。


第5幕

 夜になるとパリ高等法院に所属する人物がオルゴンを訪ねてきました。彼はタルチュフへの土地家屋一切の贈与書類に瑕疵がなく、タルチュフの権利を遂行すると宣言しました。そしてこの人物は陰険です。タルチュフの代理人のような振る舞いです。オルゴンはかつてフロンドの乱の時(1648-1653)にはルイ14世の側にたったのですが、フロンドの乱はパリ高等法院の法服貴族が起こしたものでした。ですから、この場面には過去の政治的な背景が影響を残しています。作者モリエールは高等法院を悪役タルチュフの代理人として立てている訳です。オルゴンは高等法院とタルチュフによって破滅間近でした。王の遣いがタルチュフに伴ってやってきました。しかし、ここで大逆転が生じます。タルチュフは数々の詐欺を暴かれ、逮捕・拘束されたのです。法の支配とともに王の至上権が行使されて、全てがうまく運んだのです。

 このように王侯の前で披露されたこの劇は、あからさまにかつての政治的な対立を反映して、王権の側に立っています。王権には正義があり、賢明な存在であり、それは正当であるのだ、ということによってこの劇は締めくくられます。


 フロンドの乱が一応の終結を見て、11年後にこの作品がつくられました。フランスは絶対王政が確立していく時期です。

 またモリエールは、この作品で、根っからの大悪党というものを描いたのでした。これはスガナレルから強制結婚を見た限りではなかったことです。政治的な劇作でもあるから大悪党を登場させたのかとも思われます。

 またスガナレルは倒錯的な悪人です。しかし、ルイ14世の命によって逮捕されたスガナレルは一人の罪人に過ぎなくなり、倒錯者の側面が落ちました。