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2015年4月16日木曜日

モリエール『いやいやながらに医者にされ』1666年





モリエール『いやいやながらに医者にされ』仏語原題:Le Médecin malgré lui
1666年パレ・ロワイヤルにて初演。
1990年公演


 ドタバタ喜劇です。演出も過剰なくらいに誇張されています。
 薪木づくりのスガナレルが主人公です。妻との夫婦喧嘩からこの物語は始まります。二人はいがみ合っていて、スガナレルは、古代哲学にちょっとかぶれていて、アリストテレスの、妻は悪魔より悪いという言葉を引き合いに出します。そして妻をコテンパにやっつけます。この演出ではスガナレルは妻に対してとてつもなく烈しい暴力を加えます。そしてそれで上辺だけでも二人は仲直りします。この烈しい暴力によって妻は血だらけになってしまうのですが、それをも喜劇のカテゴリーの中に含み混ませるところに、善悪の判断を超えた演出があるように思われます。
 妻は、この極めて粗暴な夫に対する仕返しを思いつきます。
 二人の男が、彼らの主人の娘が言葉を発することが出来なくなったのを治療する医師を探しています。妻はそれを知って、彼らにスガナレルが名医であり、棒で叩かなくては自らの名医を白状しない、とそそのかします。
 おそらくこの娘はヒステリーなのでしょう。それで口をきくことが出来ないのでしょう。
 この二人の男は、スガナレルを見つけ、名医であることを白状させるために混紡で散々に痛めつけます。そうしてスナガレルは遂に自分が名医であることを認めるのでした。これがつまりタイトルの「いやいやながら医者にされ」の意味です。しかし、世の中にこの二人の男ほど馬鹿げた人間がいるのでしょうか。
 場面はジェロントの屋敷にかわります。彼の娘の名はリュサンドです。乳母の意見では、薬は良い亭主を与えることだと明かします。リュサンドにはかねてから結婚問題があったのです。やっぱり父親が無理やりに結婚を押しつけていたのでした。それが病因であることがわかります。
 さてスガナレルは、仰々しい格好をした医者として現れます。ジェロントは彼を見てすぐに医者じゃないと叫び不信を露わにするのですが、スガナレルはドタバタ演じて煙に巻いてしまいます。



 スガナレルは、治療に入る前に、乳母の豊満な胸にすっかり魅せられ、胸にいちゃつきます。乳母は喜びの声を上げます。こんどは患者のリュサンドを見つけると、美しい娘ですっかり気に入り、これもまた早速に診察にかこつけて、ボディータッチを繰り返しますが、彼女は大喜びの声を上げます。こういったリュサンドの反応から、彼女の病気は性的な要因が関わっているらしいこともわかります。リュサンドにとっては、厳めしい本物の医者よりは、スガナレルのような馬鹿馬鹿しい人間のほうがよっぽどよいかもしれません。
 良家の娘に触るという事は許されないはずですが、医者には許されています。この特権をスガナレルは最大限利用するのです。また彼はこういったことをほんの少し隠しながらも公然と行います。いろんな人が行き交ういわば広場のようなところでボディータッチが行われるのです。身分の違いを超えて、著しく馴れ馴れしい距離の接近、タブーを破ること、それを半ば公然と行うこと、そして乱痴気騒ぎ、上の階級の価値の引き下げ、肉体的な次元の強調など、カーニバル的な側面が見られると思われます。



スガナレルがリュサンドの体を触りまくるシーン

 そこにレアンドルという青年が現れます。彼はリュサンドの恋人であり、二人は相思相愛で結婚したいと想っているのです。レアンドルは、スガナレルにリュサンドの病気は仮病だと言います。でも仮病なのでしょうか、ヒステリーなのでしょうか。その両方が考えられ、微妙なのですが、やはりヒステリーではないでしょうか。ヒステリー症状でありながら、レアンドルには仮病に見えるという事であろうかとも想われます。
 スガナレルはレアンドルとリュサンドの間を取り持つことにします。レアンドルを薬剤師の格好に仕立てます。そしてスガナレルは例の乳母とすっかり宜しくやって、いちゃつきます。乳母の夫にそれがバレてしまって、てんやわんやの大騒ぎです。
 レアンドルはリュサンドに会うことが出来て、リュサンドは急にしゃべることが出来るようになりました。口を突いて出てくる言葉は、父親への激しい非難でした。彼女は急に父親への反抗心を爆発させたのです。この激しい感情が、彼女が言葉を失った原因でした。父親は娘の反抗の言葉に驚き、スガナレルの治療効果を認めるとともに、さらに治療を深めることを求めます。父親は、この娘のこの感情を消せば、この娘の病気が完治すると考えたのです。つまり、父親は娘に「口をきかなくさせるように」、とスガナレルに依頼したのでした。
 リュサンドはレアンドルと駆け落ちして逃げます。その直後にスガナレルが偽医者であることが露見してしまいます。父親は激怒して、警察権力に訴えて、スナガレルを縛り首にしようとします。その刑の執行の場面にリュサンドとレアンドルは舞い戻ってきます。丁度そこに幸運の一報が舞い込んできます。レアンドルが叔父の莫大な遺産を受け継いだという知らせです。父親は即座に二人の結婚を了承します。この父親は単に金のために、娘の結婚を左右するという単純無比の発想をする人間だったのです。
 演出はドタバタ喜劇でしたが、ストーリーもあまりに馬鹿馬鹿いところもあったのですが、でも内容的には見るべきものがあるように思われます。
 そしてまた、この21世紀の通常の道徳観からすれば、だいぶん違ったところがあるようです。

 演出のしようによってかなり善し悪しが左右されるとも思われます。