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2015年6月30日火曜日

モリエール 『町人貴族』 1670年



『町人貴族』Le Bourgeois Gentilhomme
1670年初演
シャンボール城のルイ14世の宮廷において。
コメディー・フランセーズ 2000年公演版

 ここでは「町人」と翻訳されていますが、「ブルジョワBOURGEOIS」です。ですから、貴族よりは下の地位にある新興勢力であり、工場経営や商売で富裕になってきたが、貴族から見ればいわば「成り上がり者」でもあります。とにかく貴族の家柄は何百年も長い歴史があり、貴族は貴族としての「血液」によって受け継がれていくものですので、ブルジョワ階級は、新興であり、成り上がり者です。貴族には富裕な者もいれば、『スナガレル』で描かれたような落ちぶれて貧しい貴族まで様々ですが、貴族としての気位があります。またブルジョワはお金は持っているが、貴族の血筋の名誉に憧れを持っています。ブルジョワは貴族のマネをする傾向が昔から強いのです。ルイ14世は重商政策をとっていましたから、ブルジョワはその恩恵を受けていた者もいたでしょう。ブルジョワの経済力は伸張していき、しかし、他方では貴族などからは、成り上がり者としてさげすまれてもいたのです。
 この『町人貴族』の主人公はジュールダン。『スナガレル』では豊かになった農民が落ちぶれ貴族の娘と結婚してひどい目にあう物語でしたが、こちらのジュールダンは大変に富裕になり、未亡人の侯爵夫人MARQUISEドリメーヌと結婚し、娘リュシルには、未定ですが貴族の子息と結婚させたいと考えています。
 ジュールダンは、すでに初老あるいは老人になっていますが、バレエ、音楽、剣、哲学のそれぞれの家庭教師を招きレッスンを受けています。これらの教師はそれぞれヘンテコな人物ばかりです。ジュールダンは彼らが教えることを愚直に従います。



 次に現れるのが仕立て屋です。ジュールダンは小さな台に上り豪華な衣装を身につけてもらいます。これぞ決定版であるという衣装です。ジュールダンはすっかり気に入りました。しかし、小間使いがやってきてその姿を見たとき、何と変な格好だろうと大笑いします。滑稽DROLEだというのです。小間使いの笑いの発作は止まらなくなり、ジュールダンは怒ります。そこに妻が登場し、夫の姿を見てびっくり仰天し、人の笑いものになる、とあきれもし、怒りもしました。
 しかし、なんでこんなにジュールダンは馬鹿らしいのでしょうか。




 そこにドラント伯爵という貴族が現れます。ドラント伯爵は最初は仰天して笑ってしまっていましたが、立ち直ってかしこまり「まったく優雅ですね」などとお世辞を言います。ドラント伯爵はジュールダンにかなりの額の金を借りていて、今日も借金を申し込みに来たのです。ジュールダンは少し躊躇すると、ドラント伯爵は、友達だから借りに来たのに、と怒ったり涙をながしたりしながら訴えかけます。ジュールダンはすぐに望みの金額を持ってきてドラント伯爵に手渡します。そしてドラント伯爵はジュールダンから預かった公爵夫人へのダイヤモンドの贈り物は、つつがなく手渡して、夫人は非常に喜んでいたと伝えます。しかし、後ほど判明するのですが、ドラント伯爵はそのダイアモンドは自分の贈り物として公爵夫人に手渡しており、ドラント伯爵と公爵夫人は愛人関係なのです。ここでもジュールダンはとんでもなく愚弄されています。



 ジュールダン夫人は、夫の馬鹿馬鹿しさにあきれていますが、一つ計画があります。クレオントという青年を娘リュシルと結婚させたいので、ジュールダンの許可を得なければならないのです。ジュールダン夫人は退場します。
 当のクレオントとその従者が登場します。クレオントは怒っています。そしてリュシルと小間使いも登場しますが、彼女も怒っています。クレオントはリュシルにつれなくされたと思って、それで喧嘩をしているのです。でも誤解だとわかり、仲直りをして、熱くて甘い抱擁に浸ります。ジュールダン夫人、つづいてジュールダンが現れます。クレオントはジュールダンに娘との結婚を申し込みます。それに対してジュールダンはクレオントにたった一つだけ質問します。クレオントが貴族GENTILHOMMEであるかどうかです。クレオントはそうではないと答えます。ジュールダンは娘の結婚相手は侯爵MARQUISでなければだめだと言い渡します。ジュールダン夫人は、身分不相応に侯爵夫人になったらどんなに苦労することか、陰口も叩かれると諭しても、彼の考えはこれっぽっちも変わりません。ジュールダン夫人は、娘の身になって考えることが大切だという観点で夫を諭しているのですが、これまでのモリエールの戯曲の観点から考えても、父親が娘の縁談で娘のためを思って考えるなどあり得ません。全然観点が違っているのです。
 その後、ジュールダン夫人らは外出し、その留守中にドラント伯爵とドリメーヌ公爵夫人が訪問してきます。ジュールダンは希望の第一段階が叶って大喜びで、大げさで不器用なお辞儀を何度もして、ドリメーヌ公爵夫人の前で失態をさらけ出します。もっとも本人はこの失態に気がつきません。彼は貴族の礼儀作法を知らず、付け焼き刃で教えてもらったとおりにしているのです。
 ドラント伯爵はジュールダンの金で大ごちそうを注文しておいたので、ドリメーヌ公爵夫人は大喜びで舌鼓を打って飲んだり食べたりします。どうやらドリメーヌ公爵夫人も経済的には困ったことになっているようです。
 ジュールダンはドリメーヌ公爵夫人に自分の贈り物であるダイアモンドについて仄めかしましたが、ドラント伯爵に遮られます。何とかジュールダンは公爵夫人の愛人になるべく先に進もうとします。しかし、外出していたはずのジュールダン夫人が帰宅してきて、この絶好の機会をぶちこわしにしました。
 ジュールダンは失意のうちに一人になりましたが、そこにオスマン・トルコの貴族が現れました。彼はクレオントの従者ニコルが変装しているのです。この貴族は、ジュールダンの父親のことを知っている、実は何と父親は貴族GENTIHOMMEであったのだとジュールダンに教えます。ジュールダンは驚きと喜びで舞い上がってしまいます。さらに、トルコの王子がジュールダンの娘を見初めて是非に結婚をしたいと願っているとのこと。ジュールダンは娘をこのトルコの王子にやることに決めました。
 こうもなりますと、ジュールダンは一種の狂気のようです。ブルジョワが貴族の名誉を求めて狂気じみたものにまでなるようです。
 このトルコの王子はクレオントが変装しています。ですから、父親が結婚させたのはトルコの王子に化けたクレオントです。ですから娘のリュシルはめでたく恋人クレオントと結婚することができるのです。これは父親ジュールダンを欺して、誤解に基づいて結婚の承諾を得たのですから、本来、無効であるはずだとおもうのですが。そんな理屈よりも、何はともあれ承諾したということだけで、成り立たせてしまいます。
 ついでにオランと伯爵とドリメーヌ公爵夫人も結婚することにしました。

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 この作品はルイ14世が、オスマン・トルコを素材にした劇を、という意向をうけて作られました。
 オスマン・トルコの価値を引き下げるより、ブルジョワの価値を引き下げているようです。
 前回観た、『プルソニャック氏』では、弁護士にたいする価値の引き下げが行われましたが、これは法服貴族にたいする価値の引き下げと連動しているのでしょうか。弁護士と法服貴族はちょっと遠いようにも思われます。医者がこけ脅されることも多いので、医者と弁護士は同じグループになるかもしれません。
 今回は、医者・弁護士ではなくて、ブルジョワです。これについては、貴族階級とブルジョワ階級の対立が背景にあるのでしょうか。結局オスマン・トルコよりは、ブルジョワに対することのほうが重要であるかのようです。そして、貴族はたとえ経済的に落ちぶれても、やはり貴族は貴族であり、ブルジョワとは線引きがなされます。
 Le Bourgeois Gentilhommeとは、本性はブルジョワであるが貴族と混合されているというようなものかと思われます。
 しかし、全体としては、この演劇自体たいへん泥臭い感じのするコメディーでした。ナンセンス劇でもあります。ルイ14世はこういうものをみて喜んでいたのでしょうか。