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2016年4月5日火曜日

パンタグリュエル 第三の書 その2(内容)







パンタグリュエル 第三の書 その2(内容)
Le Tiers Livre des faicts et dicts héroïques du noble Pantagruel


 パンタグリュエルの国から多数のユートピア人がディプソディに入植しましたが、ディプソード人が数日ユートピア人に接するだけでパンタグリュエルの忠実な臣民になりました。パンタグリュエルは平和、寛大、法を重んじます。これに因んでヘシオドス『神統記』、ダイモン、アレクサンダー大王、アウグストゥスなどの例も引かれます。
 パニュルジュは『第二の書』での戦争の功績を認められ、ディプソディのサルミゴンダン(肉のごった煮の意)という領地を与えられました。パニュルジュは楽しい宴会をひらいたり、淫婦(いんぷ)、妖婦を招くなどの放蕩で大散財して国費を消尽しました。パンタグリュエルはそれをきいて残念がったり、憤慨することはありませんでしたが、この借金についてパニュルジュと話し合いました。パニュルジュは何やら倒錯した発想に基づき、長大な切論を展開します。そして自分に金を貸してくれない人間を呪う言葉を吐きます。誰でも金を借りることができて、誰でも断られない世界が至福の世界である、と話します。そして借りることを血液の循環にたとえます。思うにお金を貸すことを血液の循環に例えることは現代の資本主義経済の基本原理の比喩として通用し議論されるでしょうが、パニュルジュはそれを自分に都合のいいように解釈しているようです。パンタグリュエルはパニュルジュを諫めます。
 その後、二人の対話はテーマを変えながら続いていきます。そして第9章から、結婚と寝取られ亭主つまり(コキュcocu)の不名誉というテーマが現れます。パンタグリュエルはパニュルジュに繰り返し結婚を勧めますが、パニュルジュは、不安がり結婚を躊躇します。結婚についてのパニュルジュの不安は、自分が寝取られ亭主cocuになるという不名誉を背負ってしまうのではないかということでした。つまり、パニュルジュは結婚をすべきか否かという問題と、パニュルジュは寝取られ亭主cocuになるか否かという問題が登場し、本書全体のテーマとなります。
 二人は結婚の運命(つまり寝取られ亭主になるか否か)を誰に聞くのが良いのかを議論しました。そして「ウェルギリウス占い」なるもので占ってみようということになりました。そしてこれで占ってみるとパニュルジュは寝取られ亭主cocuになると出ていました。パニュルジュはその占いの結果には承服できないため、もう1回占ってみますと、更にひどい結果がでました。つまり、妻がパニュルジュの骨を砕くともでていました。パニュルジュはパンタグリュエルの占いの解釈が間違っていると主張しますので、3度目を試みます。そうしますと今度は妻に奪われると出ていました。三つの占いの結果を総合しますと、パニュルジュが結婚すると寝取られ亭主になるうえに、妻に叩かれ、妻に財産を奪われる、ということでした。パニュルジュはこの結果に承服しません。そこでパンタグリュエルはパニュルジュに神の意見に承服しないことを諫めつつも、夢判断をしてみることを提案しました。パニュルジュはそれに応じます。
 そして翌朝、パニュルジュは、自分が見た夢を携えて、パンタグリュエルをはじめとした一同が会している前に現れました。パンタグリュエルは「我らが夢男の登場だ」と一同に向かって声を掛けてパニュルジュを迎えました。
 パニュルジュの夢は次のようなものでした(p180)。
若くて美しい妻がパニュルジュを可愛がっていますが、彼女はなぜか彼の頭に2つの角を付けてくれます。さらに、どういうわけか、パニュルジュは長い太鼓に変身し、妻はフクロウに変身しました。ここで目が覚めました。目覚めの感覚はモヤモヤして怒りの感情も交じっていました。
 パンタグリュエルはこの夢を解釈します。妻が彼に角をつけたと言うことは妻が他の男に体を許しパニュルジュを寝取られ亭主cocuにしたということ、太鼓に変身したのは、妻に叩かれるということであり、フクロウに変身したのは闇夜に紛れてパニュルジュから物を盗むためである、という意味であると(p182)。ですから先のウェルギリウス占いとぴったり一致した結果がでている、と。このようにパンタグリュエルは解釈しました。思うに、この夢はかなりシンプルであるともいえるかもしれません、それから、はじめに解釈ありきでそれに合わせて作られたような夢のようにも思われます。
 パニュルジュは、この解釈は間違いであるとして真っ向から反論します。この夢は、夢のように素晴らしく仕合わせな夢であるとする観点から自分なりに解釈します。しかしパンタグリュエルは、その解釈では目覚めたときのモヤモヤとした怒りの感情と矛盾するではないか、と指摘しました。思うに、パンタグリュエルによるこの矛盾の指摘はかなり動かしがたい論拠になり得るでしょう。パニュルジュによるバラ色の夢解釈は、どうやら反動形成のたまものであり、この論拠によってガラガラと崩れ去るのではないかと思われます。夢解釈では目覚めた時の感覚が重要な点の一つでしょう。
 パンタグリュエルはパニュルジュに、バンズーの巫女にみてもらうことを勧めました。パニュルジュはピエステモンと一緒に巫女を訪れました。藁葺きの庵(いおり)に彼女はいました。パニュルジュは巫女に自分の結婚の将来について教えを請うと、彼女はお告げを一句彼に与えましたが、それが何を意味するのかわからないまま、パンタグリュエルのもとへと帰りました。パンタグリュエルはこの一句はこれまでの自身の解釈とより明確に同じ結果であると解釈しました。対するパニュルジュは都合の良い意味で解釈しました。いつまでたっても両者の解釈は平行線です。
 お次は、だんまり男のナズドカーブルです。彼は耳が聞こえません。パニュルジュは、前巻の論争相手トーマストのときのように、彼と身振り手振りで会話をしました。このときもやはり同じ結果がでましたが、このときもパニュルジュは自説にしがみつくので、パンタグリュエルはそんなパニュルジュに呆れます。
 その次は詩人で同じ結果。
 その次はヘル・トリッパ先生(臓物先生の意)という占い師。やはり同じ結果で、より明確であり、なおかつ結婚してすぐにそうなると話しました。そしてこの運命から逃れるすべはないというのでした。パニュルジュはヘル・トリッパ先生の辛辣な予言に対してとりわけ怒りました。
p325から) ジャン修道士とのやりとりです。パニュルジュはジャン修道士に、自分が長いこと留守をしている間に女房が自分をcocuにするのではないか、と不安を訴えます。これまで皆が口をそろえて、パニュルジュがcocuになるという運命だ、と予言するたびに、彼はその都度頑強に否認して、自分に都合がいいように予言をバラ色に解釈していたのでしたが、実は、内心、大変不安なのです。
 ジャン修道士が答えて言うには、すぐにcocuになるということは、それだけ美人の妻を得るということであり、それに妻はパニュルジュに優しいということであり、cocuになればたくさんの友達ができることであり、すなわちパニュルジュが救われるということである、と慰めます。そんな訳のわからない慰めはあまり効力がないようで、パニュルジュは、もう結婚するのをよそうかと思うと弱気で話しますと、ジャン修道士はそれならばcocuにならないで済む秘策を教えて進ぜようと話し始めます。その秘策とは、「ハンス・カルヴェルの指輪」をはめることだというのです。その昔、ハンス・カルヴェルという男は妻が不倫をするのではないかと心配して、夢の中で悪魔に相談しました。悪魔は、この指輪をはめて外さなければ妻は不倫をしないと教えてくれました。彼は、それならば、絶対にこの指輪を外さないと悪魔に誓いました。喜んで目を覚ますと、彼は横で寝ていた妻の性器に指を入れていたのです。そうしている間は絶対に妻は不倫することはできないのです。「ハンス・カルヴェルの指輪」、これこそが絶対確実な方法であるとジャン修道士はパニュルジュに教えたのでした。
 たしかにこれは絶対に確実な方法ですが、しかし、さすがのパニュルジュにとっても、これはあまりにもナンセンスだと思われるのでした。ジャン修道士の助言は全然助けになりませんでした。
p346から)
 パニュルジュは、今度はヒポタデ神父に、自分は結婚すべきか否かについて問うてみました。神父はパニュルジュに強い肉欲があるのならば、肉欲の正しい対処のために結婚したほうがはるかに良いと、答えは簡単明瞭でした。パニュルジュはそりゃそうだ、とあまりの明快さに喜びます。神父は、ただしcocuになるか否かは、結局神のご意思次第としたのでした。その意味することはつまり、信仰の道をしっかり歩む生活をしていれば、妻も宗教が禁じる姦通などしない、神のご意志もよろしいものになるであろうと。もっとも、娶る妻は貞淑な女がいいと付け加えました。パニュルジュはこれをきいてガッカリします。というのも貞淑な女は「絶滅種」なのだから、と。彼はそういう点においては宗教家よりずっとリアリストの立場です。この神父は循環論法に陥っているのでした。
 どうも、パニュルジュは、自分が寝取られ亭主になるということを一貫して認めはしないものの、内心ではずっと不安であり続けています。そして次第に弱気になってきています。
P354
結婚すべきか否かについて、パニュルジュは今度は医師のロンディビリス先生に尋ねます。この先生がパニュルジュに助言をします。
まず、アルコールを過度に摂取するならば、体を悪くするとともに、肉欲も減退するものである。また種々の特殊な薬草も同様の効果がある。そして刻苦勉励によっても効果あり。次に消耗し閑暇がなくなればよい。さらに勉学に励めばよい。最後に性行為によって性欲を抑制することもできる。パニュルジュは、この最後のことがらに「よお、待ってました」と喜びます。そしてこの先生は、パニュルジュが心身ともに充実しているので、結婚を勧めます。きっと子供にも恵まれるであろうと。ただし、ロンディビリス先生は次のように付け加えます。すべての妻帯者はcocuの予備軍なり、すなわち、すべての妻帯者はcocuだった、cocuである、cocuになるであろうのいずれかである。女房連中は、旦那がいなくなると、これ幸いに猫かぶりをかなぐり捨てて本性を顕にさせるものである、と。そしてそもそもイヴが禁断の果実を食べるよう誘惑されたのは、禁じられたものを食べなければ、お前は女ではないのだ、という意味で誘惑されたのであり、したがって女というものはその本性からして、禁断のものを食べることを欲するのだ、と。だから、人妻を誘惑しようと思ったら、その夫がどんなにか悔しがるだろうかと吹き込むだけで成功確実だ、と。
35
 さて、パンタグリュエルが哲学者トゥルイヨガンに尋ねます、パニュルジュが結婚すべきか否かを。哲学者は、その両方であると。その真意を尋ねると、それは両方とも駄目だという意味だということです。これを聞いたパニュルジュは抗議しました。
 そこに突然なんと父君ガルガンチュワが仔犬を連れてやってきました。父君の前で、パンタグリュエルは、この哲学者の意見を解釈しました。つまり、一方では妻を持ちつつ、他方では妻に振り回されずに、自分の職務をまっとうすることであると。また、パニュルジュが哲学者を問い詰めるに、彼も運命によってコキュになっていたということを白状させました。
 ガルガンチュワは、パンタグリュエルの成長をみて満足もしつつ、一同をあとにしました。ほんのチョイ役で登場しただけのようです。その後まもなくパンタグリュエルも退室しました。
37
 パンタグリュエルは、パニュルジュに愚者や道化に尋ねるのも意外に有益であることを助言して、パニュルジュは乗り気になります。そこで最高位の道化に尋ねてみようということになります。パンタグリュエルはブリドワ判事と道化師トリブレの名を挙げました。パンタグリュエルはパニュルジュ、ジャン修道士、ポノクラート、ジムナストらを伴って自分の国土の一つミルラングに赴きました。そこでまずブリドワ判事が被告となっている裁判を傍聴しました。彼は何十年にもわたって裁判の最後はいつもサイコロに判断を頼ってきたのですが、そのことが露見してしまった咎められたのです。しかし、何とずっとこの「サイコロ裁判」によって公平な判決を下すことができていたのです。最近、彼は高齢のせいでサイコロの目を見ることが難しい状態になっていまい、裁定で過誤を犯してしまいました。それで露見してしまいました。彼は裁判にかけられこの「サイコロ裁判」およびそれも含めて訴訟に関するあれやこれやについて率直に告白します。裁判長は、ブリドワ判事にたいする判決をパンタグリュエルに一任します。
 パンタグリュエルは、裁判官の職務は自分の本分ではないのであり、ただし恩赦請願人の役割を務めたいという。本来は、恩赦請願は国王に対して行うものがだが、自らがその役を務めるのだといいます。
 パンタグリュエルはブリドワ判事を赦免し、国王預かりにして、しかるべき職務につけたいという判断を告げました。
 その後パンタグリュエルは自分の城に戻りました。宮廷道化師のトリブレという「利口馬鹿」のパニュルジュにたいする仕草をみて、パンタグリュエルは、パニュルジュを寝取られ亭主にするのは修道士であると話しました。それにたいしてパンタグリュエルは反論してまた自分に都合の良い解釈をします。
 記号の解読は、いろいろな解釈の観点があるものです。
47
 さらに今度は「聖なる酒瓶の信託」を受けに、パニュルジュとパンタグリュエルは航海に出ることになりました。
 その出発前にガルガンチュワが再び登場し、彼はパンタグリュエルに近々、妻を娶ってほしいという望みを伝え、どう考えているのか意見を尋ねました。独身者パニュルジュの結婚がずっと話題になっていましたが、そういえばパンタグリュエル自身が独身だったのです。パンタグリュエルの結婚問題がもちあがってきます。もっともパンタグリュエルには寝取られ亭主の問題はなさそうですが。
 教会法によれば、司祭の立ち会いのもとで「結婚の秘跡」を受ければ、両性の合意に基づいて結婚が成立するとされていました。それにたいしてエラスムス、ルター、カルヴァンなどは、両親の合意が必要だとする考え方だったことに言及されます。パンタグリュエルが父王の問いに答えるに、結婚は子供の自由になるものではなくて、父親の意思を尊重すると答えました。ガルガンチュワはこの返事に喜び、父親の承認なしに結婚する自由を与えるなどという法律はこの世界に存在した試しがないと話しました(p502)。例えば、気品があって、裕福で、美しく、健やかに成長した娘が、どこの誰かわからないような輩にたぶらかされて、結婚して、奪われてしまっては、大切に娘を育ててきた親は、悲しみ、悲嘆、恥辱、虚脱などでとんでもない状態になり、この片棒をかつぐ坊主などは殺してしまいたい、と。ガルガンチュワはパンタグリュエルがパニュルジュたちとの旅に出ているあいだ花嫁を見つけておくと告げました。

49
パンタグリュエルとパニュルジュは、エピステモン、ジャン修道士らを伴って航海に出ます。また船にはパンタグリュエリヨン草が大量に積み込まれました。
 また、パンタグリュエリヨン草は非常に幅広い効能を持つ草であり、これについて長く記述しこの草を礼賛します。
 そして物語は、第4巻に続きます。