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2016年7月28日木曜日

ダンテ『神曲 地獄篇』第5歌 淫乱(不貞)


ダンテ『神曲 地獄篇』第5歌

 第2圏 淫乱

 憤怒の姿が恐ろしいミノスの管轄する場所です。
 ここには愛欲にふけった者たちの魂のいる場所です。クレオパトラ、ヘレナ、トリスタンとイゾルデなどがみられます。
 そしてフランチェスカ・ダ・リミニという既婚女性とパオロ・マラテスタというその義理の弟が恋人同士にだったのですが、この二人がここにいました。二人は道ならぬ恋にはいって命を奪われ地獄に落とされました。ダンテがラヴェンナで客となっていたころには二人はまだ存命だったようです。二人は夫のジャンチョットにより1285年に殺害されました。つまり夫は自分の妻が弟と不倫をしていたことに怒り、殺害しました。この実話は当然大変有名になりました。殺害された二人は、神によって地獄に落とされました。そしてここ第2圏、淫乱の罪悪にいて責められています。
  もっとも第2圏では、あまり恐ろしい怪物も現れず、責め苦は比較的軽いところでした。この二人は美しく悲しい恋愛であったが道を誤ったということになるでしょう。
 ダンテは意識を失い次のステージ第3圏に至ります。まるで解離のように一つのステージから次のステージへと移りゆきます。


ドミニク・アングル『パオロとフランチェスカを発見するジャンチョット』(1819年)


ロダン『接吻』


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 このエピソードについてはダンテがベアトリーチェという既婚女性を愛したことと比較せざるを得ません。ダンテはベアトリーチェを遠くから愛しただけです。そしてこの著作『神曲』では、彼女は神のもとへと導くほどにまで高められます。
 既婚女性との恋愛に関して、地獄に落ちたこの二人とダンテ・ベアトリーチェの二人との違いは、地獄と天国ほどの違いがあるとみなされているわけです。何が分けたかというと、「肉欲」とされるものと「ほほ笑みへの挨拶」とされるものの違いであろうかと思われます。
 ダンテにおいて『新生』においてベアトリーチェへの愛は明らかに性愛化されています。この『神曲』においては性愛化の度合いが減じているものと思われます。これは年月が経ったが故でもあります。

 また古代ローマのオウディウスは初代ローマ皇帝アウグストゥスによって、追放され黒海の近くの町で不遇のうちに死去しました。彼は、既婚女性との恋愛もテーマにした『恋の技法』という著作に書いたからでした。それにたいしてホラティウスは自由恋愛を説きましたが、既婚女性を対象としていないがために罪には問われませんでした。皇帝は、家庭という枠組み、そして家父長の地位と権威を守ることが、国家としての成り立ちの基礎と考えていたのではないかと思われます。

 またダンテの上の話は、メーテルリンクの『ペレアスとメリザンド』(Pelléas et Mélisande )に似た話でもあります。はたしてペレアスとメリザンドは死後に地獄に落とされたでしょうか。たしか天国に召されたのではないでしょうか?殺害者ゴローがむしる嘆き悲しみ悔い改めたのではないでしょうか。

 モリエールには寝取られ亭主cocuのテーマが頻繁に出てきますが、浮気をした女性が死後に地獄に落とされるのか天国に召されるのか、そのようなことはほとんど問題になってないくらいであるように思われます。たとえば、『アンフィトリオン』ではゼウスがアンフィトリオンの妻の初夜を寝とります。ゼウスの罪はいかがなのでしょうか。地獄に落とされるのでしょうか。

 またより本質に関わることでもありますが、ペトラルカの『告白』ではペトラルカが愛したラウラは、ほぼベアトリーチェに相当するようにも思われます。それにもかかわらずペトラルカは、これを再発しやすい病気とみなして、もうラウラを思い出すような事柄から一切離れることしか治療法がないと見なしています。そしてこの病気の欺瞞の一つが次のこととされています。つまり、自分では崇高な愛だと思ってはいても、ラウラの若く美しく性的な身体的特徴があったればこそ、この病が発生したのであった、相手が老婆であれば決して発生しなかったような愛であると。

 このようにダンテの崇高化された愛、そして地獄天国の振り分けに関して、疑問が生じるのが禁じ得ないのですが、それでもダンテの性愛化されながらも崇高化されているようなタイプの愛になにか重要なものが含まれているようです。