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2018年9月13日木曜日

集団の愚劣には、反省のカケラもない:『脂肪の塊』モーパッサン



原題: Boule de Suif
(boule(ブール)は球(玉)、Suif(スュイフ)は脂肪です)

 『脂肪の塊』はモーパッサンの短編の中でも代表作の一つです。とてもいい翻訳にも恵まれて、またモーパッサンの筆の走りも良好らしく、着想、表現、描写が優れています。何か理屈を並べるよりも、この人間の汚い面をも見るようなリアリティを味わいたいと思います。
 まず興味を引くのは、あの普仏戦争(1871年)で、プロシア(ドイツ)に占領されたフランスが、どのような状況であったのかが、垣間見れるところです。この小説が発表された1880年は、1871年の普仏戦争からまだ10年も経っていない頃であり、モーパッサンの描写にもきっとリアリティがあるに違いありません。実際読んでいると、とてもリアリティがあるように思われます。プロシアの兵士達や将校は、特段粗暴でもなく、割と紳士的にフランス人達に対応している様が描かれています。プロシアをことさら悪者としては描いていません。
 そして「脂肪の塊」と呼ばれる娼婦という役回りが絶妙です。このような状況の中、この娼婦を巡って一つの事件が生じます。そして、色々な階級や属性の人たちが乗り合わせた馬車という設定。当時は、現代よりもずっと社会階層(あるいは階級)が性格へと反映されていたのではないかとも思われます。しかし、娼婦をめぐる事件によって、社会階級の違いを超えて、皆が結束するという面白さ、しかし彼らは一つの集団となって、最後の最後にはとても卑劣に振舞います。集団の愚劣。私はこれが大嫌いです。私が、折に触れて見るに、大抵、こういったことに全く無自覚な人が大半だと思われます。驚くほど無自覚で無反省です。振り返ることが、カケラでもあったらマシな方です。ここに登場する人々は、カケラさえ持ち合わせていないようです。