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2018年11月23日金曜日

『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ


 2005年発表。

 クローン人間を作って、病気の人たちに臓器提供をするという、ほとんどSFに近い、ありえない設定です。このクローン人間のオリジナルになった人たちはどうやら死に値するような重罪人だったりするようです。 この設定自体が、私にとって、すこしピンときにくいところがあります。映画作品を見たときもそうでした。

 このクローン人間たちは、人のために生きて死ぬことを運命付けられています。そして皆、その運命を受け入れています。しかし、彼ら彼女らの人間性は認められていません。ヘイルシャハムという土地にある施設では、ある実験が行われていました。それはクローン人間達を理想的な環境の中で育てて良質の教育を施せば、人間性が芽生えるのか否かという実験です。それが証明されれば、彼ら彼女らの劣悪な待遇の改善も要求できます。実験は、子供達を観察しつつ、子供達には絵を描かせて、それで子供達の内面を探るというものでした。この実験は上々の成果を上げつつあると思えましたが、しかし途中で中止させられました。過去に犯罪歴を持つ人間のクローン人間への社会からの憎悪があったからだと思われます。

 いわゆる「サイコパス」のクローン人間から人間性のある人間ができあるでしょうか、たとえば愛に基づいて責任と義務を果たすような人間性が形成されるでしょうか。彼らは粛々と自らの使命を果たして、次々に若い生命を閉じていきます。しかし、ヘイルシャムの子供達は、自分から内発的に生じる愛の存在を証明すれば、臓器提供の時期を数年間猶予されるというファンタジーが広がったのでした。