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2020年11月5日木曜日

自滅していく堕落の極み『居酒屋』エミール・ゾラ

 



ジェルヴェーズという美しく若い女性が主人公です。彼女はランティエという帽子職人と14歳の時に結婚をして二人の男の子(クロードとエチエンヌ)をもうけました。第一子は14歳の時でした。ジェルヴェーズもその母親も男にのぼせるタイプでした。母親は父親のマッカールにこき使われて死んだといいます。ジェルヴェーズは僅かに、脚を引きずり歩くのでしたが、何か負担がかかるようなところではそれが目立ちます。本人によると、(自分が胎児の時に)母親が父親に暴力を振るわれていたから、自分の脚がそのようになったのだと考えてもいます。

ランティエは仕事をしないし、日常的にジェルヴェーズに暴力を振るっていました。そして大っぴらに浮気をしていました。二人は田舎の生活に嫌気がさして、最近パリにやってきたのでした。ジェルヴェーズはパリで洗濯女として仕事をしていました。そしてある日ランティエは困窮を極めるジェルヴェーズと子供たちを残して、女とともに消えてしまったのでした。ランティエは彼女から全て吸い尽くしたので消えたのでしょう。

 クーポーという青年は、ブリキ屋であり、屋根のブリキの修理をする仕事をしていました。彼はジェルヴェーズを慕っていました。彼はなかなかの好青年で、明るい雰囲気があり、真面目で実直でした。希望が持てる青年でした。クーポーとジェルヴェーズは結婚しました。二人とも一所懸命に仕事をして、暮らし向きもよくなり、幸せでもありました。しかし、クーポーが仕事中に屋根から転落してしまい、脚が不自由になり、仕事が難しくなりました。それ以来、仕事を全くしなくなり、ブラブラしてだらしなくなりました。ジェルヴェーズもそんな彼に甘いところがありました。ジェルヴェーズは二人の子供と夫を養わなくてはならず、再び貧困に落ち込みかけたのですが、崖っぷちで一念発起して借金をして洗濯屋を開業しました。彼女は懸命に働き、どんどん上向きになりました。店も繁盛しました。ただクーポーは働かず、ぶらぶらと過ごしていました。彼はそれ以降ヒモとして生きていくことになりました。

そんな好調のところに、前の夫であるランティエが戻ってきて、入り込んでしましました。彼は人の気持ちを操作します。ランティエは家の中に完全に居座り、住み込み、全てをジェルヴェーズに世話させました。ジェルヴェーズはランティエとクーポーという二人の男の面倒を見ないといけなくなりました。彼女は二人のヒモを養います。そしてクーポーとの間に生まれたナナは不良のようになっていきました。仕事への意欲も衰えて仕事場も家の中も次第に荒れていき、仕事は傾き、借金が膨らんでいきました。こんな放蕩者のヒモを二人も育てたのはジェルヴェーズなのでしょうか。何の因果で二人もヒモとして抱えることになったのでしょうか。あるいはランティエがクーポーをますます堕落させたのではないでしょうか。ランティエとクーポーが二人して協力すれば、怖いものなしで、一層図々しくなり、ジェルヴェーズ自身と彼女の仕事と家庭を食い潰すのでした。ランティエは口が巧く、クーポーを丸め込んで自分の世界へと引き込んだのでしょうか。ランティエは近所の人たちも丸め込んで評判を勝ち得ていて、それに対してジェルヴェーズは評判を落としていきました。そんななかジェルヴェーズはランティエの本性について昔から知っていているので、一人で戦慄を覚えるのでした。


 クーポーは次第に堕落して、飲んだくれになって、酒に溺れていきました。そしていつしかジェルヴェーズも優しいランティエに心を許すようになりました。ある日、クーポーが泥酔い状態で帰宅して、部屋で嘔吐物のなかに顔を埋めて伸びていたとき、完全に彼女の愛は醒めてしまい、ランティエの執拗な誘いに彼女は体を許しました。そして二人が部屋の中に消えていく様子を不良の娘ナナが淫らな表情を浮かべて見送っていました。こうしてジェルヴェーズは二人の男の共有の妻となりました。同居している姑との関係が悪化して、ジェルヴェーズが諸悪の根源ということになって、それが隣近所や親族の共通認識となりました。

 ジェルヴェーズは仕事をやる気を失い、顧客たちは一人また一人と離れて、次第に倒産へと向かいます。ジェルヴェーズはすっかり怠惰がしみついてしまい、洗濯屋の店内は荒んだ状態になっていきました。しかしこの一家は食べ物だけはたらふく食べ続けました。

 そしてこの一家は借金まみれで貧窮し、ランティエはそれを嗅ぎつけると、すでに食い潰されたこの家を見限って、よその巣を探します。そして彼女の友人であるヴェルジニーを見いだし、店ごと譲り渡して食料品店として開業させました。ヴェルジニーの夫は警官でした。ランティエはここでも同じようにヒモとしてこの夫婦と同居しました。





 ジェルヴェーズはだらしなくなり、仕事もうまくできなくなり、女としても劣化が著しくなりました。彼女は遂にヴェルジニーの店の床掃除の仕事をするようにまでなりました。これは彼女にとって皮肉と屈辱ですが、クーポーとヴェルジニーは薄笑いを浮かべて這いつくばる彼女の姿を眺めるのでした。ナナは15歳になり、クーポーとジェルヴェーズは、彼女が色気づいたことをネタに暴力を振るい続けました。またクーポーは日常的にジェルヴェーズに暴力を振るっていました。ある日ナナは嫌気がさして家出をして、初老の男の愛人となり、その後にはエロチックなダンサー兼娼婦になって、彼女もまた暴力を振るう男が取り憑くようになりました。またかなりの金持ちの愛人になって貴族の女性のようになったようです。クーポーはアルコール依存症の末期状態となり、精神も体も破壊し尽くされていました。

もはやランティエの企みによってこの家族がこんなふうに破壊されたということであるとともに、家族が自らの内部要因によって、自己崩壊していく様相を呈しています。

人間の堕落ぶりの描写には迫力があります。読む者の心を堕落させるほどです。この小説を読むことに引き込み、小説を読むということに堕落させるようでもあります。恐ろしささえあります。

この少女ナナのその後については、続編である小説『ナナ』があります。