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2021年1月5日火曜日

バルザック『ゴリオ爺さん』

 


 1835年発表

 舞台は1819年ごろのパリです。ナポレオンが敗退した後、ブルボン家の王政復古の政治が行われていた時代です。当時はルイ18世が王位についていました。この小説の描写によれば当時はとても華やかな貴族の社交界があったようです。この舞踏会の開催はこの小説の山場に持ってこられていて、壮観です。貴族社会の最後の栄華を誇っていて、舞踏会屋敷には500台もの馬車が停まっていたといいます。そして、そこに欲望と羨望が渦巻いていたのでした。たぶんこの時代の後には、このような華やいだ貴族の社交界は観られなかったのかも知れません。

  主人公ウジェーヌ・ド・ラスティニャックの従姉妹であり社交界の第一の花形であるボーセアン子爵夫人が催す上記の舞踏会はその最高のものの一つであって、それに招かれることは憧れの的であり、ラスティニャックは、それを餌にデルフィーヌ・ド・ニュッシンゲン男爵夫人に近づくことができたのでした。

 この社交界で描かれている最大の特徴の一つは、ご婦人方の不倫の文化です。あたかも当時はそれが当然のことのようにして描かれています。しかし、もちろんそれは不貞行為でありますから、当然夫への裏切り行為でもあります。これは宮廷ふう恋愛のリバイバルでもあって、社交界が社交界であるゆえんともなる大変華やいだもののようです。この不倫という自由恋愛は個人的なものであるとともに、社交界というパブリックな行いでもありました。誰と誰が付き合っているというのは噂としてあっという間に拡がって、注目の的となり、公人の秘密であって、知らぬは夫ばかりなりでした。でもじつは夫たちは自分の名誉が汚されない限りは黙認していたのでしょう。それもまた文化的なことであったのでしょう。しかし、いったん事が荒立てられたならば大騒ぎにもなり得る危険な不倫でした。夫はいわゆる寝取られ亭主(cocu)の恥辱を与えられることには寛容ではないからです。夫は妻の不倫を半ば知っていながら、知っていないことになっているし、妻の不倫相手とも仲良くしているという危うい均衡状態を維持しておけば、夫の逆鱗には触れないようです。この不倫は、精神的なものであると共に肉体的なものであり、それにくわえて虚飾が著しく、また不倫相手からの裏切りもあったり、また、莫大な金銭も動くこともあるのでした。 

  ボーセアン子爵夫人は、ポルトガルの貴族と不倫関係にあり、彼が今度結婚することによって大変大きな打撃を受けます。ウジェーヌ・ド・ラスティニャックは、没落貴族ですが、デルフィーヌ・ド・ニュッシンゲン男爵夫人を我がものとします。デルフィーヌはかねてから愛人がいて失恋していたところにラスティニャックが入り込んできたのでした。夫のニュッシンゲンは銀行家ですが、投資か何かで失敗を重ねて、デルフィーヌの一切合切のお金を着服してしまいました。デルフィーヌの姉であるアナスタジー・ド・レストー伯爵夫人は、博打好きの愛人に多額の金を貢いでいました。

 このデルフィーヌとアナスタジーの父親がゴリオ爺さんです。ゴリオ爺さんは貴族ではなくて、小麦関係の事業で成り上がった商売人です。彼は大金持ちになっていたので、娘たちを有力貴族や銀行家(つまり本物の貴族というよりはブルジョワです)に嫁がせたのでした。そして、この娘たちが愛人をもつことに幸せを感じているので、ゴリオはその点でも経済的なサポートを惜しみませんでした。この二人の娘の虚飾と愛人を持つことへの執着はとどまるところを知らず、莫大なお金をゴリオから吸い取りました。そのことで大金持ちだったゴリオも結局は一文無しにまでなったのです。こうして落ちぶれた父親を娘たちは粗末に扱うようになったのでした。



※バルザックは「人物再登場法」という新しい手法を用いています。

※ゾラの遺伝という考え方はこの「人物再登場法」の変形であろうかと考えられます。

※写実描写は微に入り細に入りですが、それ以上にゾラの方がより一層細かいという印象もあります。