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2021年5月1日土曜日

オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短篇集 (光文社古典新訳文庫)


『オリヴィエ・ベカイユの死』

主人公オリヴィエは仮死状態であったにもかかわらず、死んだものと見なされます。彼は地方からパリにやってきて、貧しく妻と二人暮らしでした。極貧でした。妻の悲しみようは、意外なほど強く、オリヴィエは妻への愛着を強く感じます。そして彼は埋葬されますが、約2メートルの深さで土の中でした。その中で彼は目を覚ましました。絶体絶命の状況です。彼は生きることを諦めません。偶然によって彼は助かることができました。

 新しい生を受けて、未来と希望を感じさせます。

 




『ナンタス』

主人公ナンタスもまた地方からパリに移ってきました。彼は石工の息子であり、貧困が著しく、明日をも知れぬ日々を過ごしていました。しかし、彼は社会的に成功したいという大きな野心を持っていました。彼の野心は、果たして現実的な野心かどうかは、この時点では解りません。しかし、このストーリーでは、ある金持ちの男爵の老家政婦が、彼の能力を見込んで、彼に賭けたのでした。彼女はナンタスを男爵の美しい娘と結婚させたのでした。実はこの娘は過ちから妻帯者の子供を宿したので、相手の名誉とこの娘の名誉を守るために、身分違いのナンタスと偽装結婚させたというわけです。この娘はナンタスを愛さず、結婚はしたものの、優しい言葉一つかけず、指一本触れさせませんでした。

 ナンタスは才能のある人物であり、事業で大成功を収め、ナポレオン3世の財務大臣にまで上り詰めました。彼は有能である上に、妻に愛されたいという一心で妻に相応しい人物になるために懸命に仕事をしたのでした。しかし妻は、ナンタスに冷淡なままでした。そんなナンタスに烈しい精神的な危機がやってきます。それは生きるか死ぬかの瀬戸際になるような烈しい危機でした。

 この作品もまた、未来への希望を感じさせてくれます。

 

 ゾラは田舎からパリにでてきて、野心を持っていたものの、貧乏でしたので、そういった自分の体験がとても大きかったとおもわれます。

 





『呪われた家-アンジェリーヌ』

 お化け屋敷のような、古びた屋敷に幽霊が居着いているのではないか、という恐ろしさと好奇心があって、その屋敷について調べたりしていました。でも結局は、全然そんなことはありませんでした。「死は打ち破られた」、「あらゆるものでまたはじまるのだ」。これもまた希望の感じられる結末でした。

 

『シャーブル氏の貝』

シャーブル氏は、中年の醜男(ぶおとこ)ですが、若くて美しい妻をもち、いわゆる不妊治療のために、医師の怪しげな勧めに従って、田舎に転地療養をしました。田舎のいい環境で、子作り励みやすいうえに、貝類をたくさん食べると不妊治療にいいというのです。妻は最初はあまり気がすすみませんでしたが、海のあるこの田舎で自然にとても親しみ、喜びを得ます。特に重要だったのが、たまたま知り合った若くて美しい若者とも親しくなり、しまいには猛烈なアタックを受けて、陥落したのでした。この転地療養で妻はその若者の子を身ごもり、シャーブル氏は貝の効能は凄いものだ、と確認したように思いました。

 コメディタッチであり、ラストも明るく軽く流れるように終わりました。





 

『スルディス夫人』

 フェルディナン・スルディスは、田舎の素人画家でした。彼は美しい若者で、仕事の傍ら絵を描いていましたが、野心もなく、人に見せることもありませんでした。画材屋の娘アデルは、彼の才能を見いだし、彼をサロン(官展)で成功させることをもくろみます。彼女は野心家でした。そして彼に恋心を抱いていました。彼女はあまり美しい風貌ではなかったし、彼は彼女に特別な感情を抱いていませんでしたが、二人は結婚してパリに上京しました。彼は絵で大成功をおさめ高い名声を獲得しました。しかし、彼は元々の性癖から、酒と女に狂ってしまい、堕落の一途をたどり、絵もまともにかけなくなりました。アデルは彼の絵制作を手伝ってやりました。画風は違ったものの、アデルは絵が巧かったのでした。フェルディナンは遂に絵をほとんど描かなくなり、もっぱらアデルが描いていましたが、名声は高まる一方で、フェルディナンはあらゆる名誉を獲得したのでした。

 二人の関係は一種の堕落のようなもので、何か気が違ったような芝居をしつつも、一種の均衡さえ保っていました。こうして人生の黄昏を迎えつつも、活発にアデルはフェルディナンドの絵を描き続けます。これもまた各人の生き方なのでしょう。

 



【ゾラの短編について】

 各人の生き方に、新しい生が加わり、幾ばくかの希望や明るさがあって、生が肯定的に描かれています。とくに各人それぞれの生き方についてです。各人の生き方に、新しい生が加わり、幾ばくかの希望や明るさが肯定的に描かれています。

 『居酒屋』のジュヌヴェーヌや『獣人』のクーポーや『ナナ』のような、堕落の運命をたどるのとは異なります。

 ぞれぞれの物語と主人公の人物像が印象的です。